日本の最高学府といえば東京大学なのか?という問いに対して、学府とは大学のことだから東大に限ったことではないと答えている人がいた。
そうは言っても東京大学が日本でトップレベルの大学であることは事実。そして、大学院へ進学する人が増えた現代では、学府といえば大学院じゃないかという考え方もある。ほんの数十年前まで、女子が4年制の大学に行くのは珍しかった。もっと昔は学校にすら行けない。ひたすら農作業の労働力としてこき使われ、貧しい家庭では売り飛ばされていた。学びたいのに学ぶチャンスがなかったという年配の人たちの声も聞く。人間は本来自分から学びたいと思う生き物なのだ。
これだけインターネットが普及して何かを調べるのは誰でも簡単にできる時代になった。ちょっと勉強したいと思えば無料でできる。学校にわざわざ通わなくても家で自習できる環境が誰にでも備わっている。
少なくとも、この日本では。それなのに貧困がはびこり家もない食事もろくに出来ないという人たちが増えている。もはや生きる気力がない、生きることをあきらめているかのようだ。病気に対しても治療するというよりはお金儲けの対象としか見られていない感じがする。医療関係に就職したいという若い人たちが多く、その理由のほとんどは収入の安定だ。
保護者にしても医師になりたい、看護師、薬剤師になりたいといえばまず反対はしない。大学に合格できなくても予備校に通って浪人して何度でも受験できる。
それなにの偏差値でも入学できる大学がたくさんできたからお金さえあればある程度の学歴は買える。
その職業が10年後、20年後に存在しているのかといえば何とも言えない部分もあるけど、まあ今のところ安心なんだろう。
一方で、これからは国際化というかもうグローバルな時代だから英語はできて当たり前なのだ。それなのに小学校での英語教育はお遊びのようなものだった。
寸劇とレクリエーションばかり。授業参観で見てもつまらないものばかり。これからやっと教科として認められるようだ。
教科書が派手になったなあと思うことだがマンガばかりで勉強の雰囲気がない。とっつきやすいからいいのか。難しすぎて読むのも嫌だってくような本はもう誰も読まないから。今のところ英語ができなくても日本に住んでいて困ることがないだろう。移民もほとんどいないし旅行客の相手をしなければならないという状況もほとんどない。あっても電子辞書という強い味方があるじゃないか。自分で学習しようという人が多い英語だけどNHKの基礎英語とかおとなの基礎英語で十分だろう。ただ一人で続けるというのが難しい。
進化していくためには新しいものを吸収していく必要がある。そのためには、先ず新しいものに触れる機会がないと無理。そういう意味ではこの2.3年間はまるっきり進化していない。物欲がなくなったのはいいことのように感じていたが環境の変化がほとんどないのだ。身に着けるものにも目新しいものがまるでない。
スウェーデンの教育がいいとか幻想でしかない。いい面も悪い面もある。チャルマース工科大学を¥目指すのももちろん個人の自由だし留学だってしたければすればいい。自分の周りを見て、ろくでもない人間ばかりだと思ったらもう引っ越すことを考えよう。ここにとどまっても仕方がない。もともと外部の人間だということもある。マークシート方式のコンピュータが採点するためだけの試験のためにがんばることが馬鹿馬鹿しくなってきたのかもしれない。それも正論だ。
これから大学入試制度も変わっていく。受験も変わっていく。ゆとり教育世代が何年も浪人するなんて自殺行為だ。毎年レベルの高い人間と戦わなくてはいけなくなってくるんだから。それでも自分の夢に向かって努力することは素晴らしい。その気力があるうちに、1才でも若いうちに実現させて欲しい。特に女性は浪人すると後でひびく。その時の年齢差が就職に影響するから。そんな茨の道を歩かなくても、もっと楽して幸せに生きている人間はたくさんいるのにね。何というかいつも運が悪そうに見える。実際運が悪い。人に嫌われる。何となく嫌な雰囲気をかもし出している。友達もいない。だから不登校になり留年して浪人して大学に行っても浪人して結局は国家試験に不合格で全く関係のない分野へ無理やり就職するという悲惨な結果になるのだ。