大学の一般教養で英語は「ローマの休日」を題材にしていた。
あれから20年・・・
今でも英語の教材としてローマの休日は人気がある。
昔の映画だけどYouTubeで発音練習用の動画もありました。
初心者・中級・上級って評価もありますが自分の好きな映画が一番。
何度でも繰り返し見たいというような物語じゃないと結局続かない。
そういう意味ではいくら子供と一緒に見たいからといってディズニーにしてしまうのは自分の好みではない。
娘もディズニーのファンというほどではないし、元々映画を何度も見るような人ではないのだ。
マトリックスも映画で英語を勉強する人に人気がある。
これはアクションシーンに夢中になってしまいセリフを聞いていないことがあるんだけど。
何度でも見たいというか何回見てもよく分からないから新しい発見があるといった方がいいかもしれない。
セリフの内容は解釈の仕方がいろいろあってファンサイトでも物議をかもし出している。
アニマトリックスというアニメは子供向きなんてとんでもない、かなり残酷なものだった。
人間がたんぱく質の塊として表現されているなんてエグすぎる。
しかも日本語で見てしまったから英語の勉強にはならないな。
日本人は英語が苦手だというけれど日本語に比べたらはるかにカンタンなはず。
それがどうもうまくしゃべれないとか聞き取れないとかは受験勉強のやりすぎによる弊害だろう。
役に立たないと分かっていても進学するために必死に勉強してきたというかさせられてきた。
このやらされ感が何をしても無気力な原因でありやりがいにするようになんとかしようと思う。
やりたい仕事なんてない。本当にそうか?学生のころはあったし実際その職業にもついた。
でも現実は違ったというのは今までの妄想から一気に冷めてしまったようなものだ。
全てが義務化されてしまったとたん虚無の世界になってしまった。意志がない。頭を使わない。
そういうのが楽だと思っていたのにいざやってみるとつまらなくて飽きてしまった。
以前にも似たような経験をした。思いっきり職種を変えて失敗したのだ。
楽だということはいいことばかりではない。単調でつまらない。毎日が嫌になってしまった。
誇りをもって生き生きとしているのが理想。そのためにはどうやったらいいのか?
映画を見ながらリスニングに集中するのは意外とできていないなということに気がついた。
分からない単語はそのまますっとばしているだけで聞こえない。理解できているはずがない。
文脈で判断できるほど語彙力があるのか?
なんとなく分かったような気になっているだけではないのか?
もっときっちり勉強したい。とはいえここで完璧主義を通すと挫折するのは目に見えている。
そもそも日本語でさえ完璧だとは言いがたい。話し言葉は適当だ。
English JOUNALも良い教材だと思う。好きなところしか聞いていないが好きな俳優を選べる。
スクリプトもついているからヒアリングの確認もできる。
短いインタビューだから繰り返し聞くのにストレスがかからない。
そう、映画は時間がかかるのだ。気に入った箇所だけ見たり聞いたりするのも面倒だったりする。
パソコンの教材もたくさんあってどれがいいのか迷うくらいだ。
音声も充実している。それなのにはじめの一歩がなかなか踏み出せない状況が続いている。
こんなことをしていて何になるのか?役に立つのか?時間の無駄ではないかという否定的な考えが頭に浮かぶ。
そうやっていつも現実逃避しているわけだけどそんな時間こそもったいないのである。
聞くだけとか見るだけだと簡単そうだけどそれじゃ身につかない。書いて覚えようといったところ筆記体を習っていないと言われて驚いた。
筆記体で書いてひたすら書いて手で憶えたようなものだけど。声に出して音読するのも良い。
短文をひたすら覚えて毎朝学校で小テストがあってそんな日々もあったっけ。
今では何もおぼえていないけど。学校そのものが必要だったのかなんて思うときもある。なんかこう騙されていたような感じ。
実は英語が好きだと今更言ってもしょうがない。改めて気がついたのがラッキーといえる。目標なんてボヤッとしてるけどそこがまたいいのだ。
ひたすら情熱を傾ける。何事にも一生懸命。一つ手を抜けば全てを適当にやってしまう。だから全てを全力でするように。