加藤諦三先生の人生相談は他人事ではない

結婚してから家がストレスの場となってしまった。
家にいてもくつろげない。
家にいたくない。だけど居場所がない。外出したくないという矛盾。
小さな憎しみだったかもしれないけど、年月とともに大きくなってしまった。
言いたいことを我慢した結果がうつ病かもしれない。
不安なのか憎しみなのか、嫌な感情が毎日襲ってくる。
一日中嫌なのだ。何もしたくないし、外に出たくないし、家にいたくない。
おしゃれをするとお金の無駄遣いだと罵られる。
だからもう化粧もしたくなくなった。
本当かしら?ホンネかしら?
自分でももっとやりたくなくなった理由があるはず。
他人のせいにする方が楽だけど、自分を責めるのはもう辛すぎる。
苦しみから逃れるためのうつ病。
鬱病でいる方が安全だった。
どうしてこの人は他人を攻撃するのだろう?
理不尽なことを言って人を責めて優越感に浸っている。
最悪だ。
もう無視して自分のしたいことをして生きていこう。
本当は気が小さくて臆病者で実力もない。
忘れよう、忘れようとすればするほど記憶にこびりついて絶対忘れない。

自分が逃げようとしている相手は夫だった

虚無感とやる気のなさに自分でもあきれ返るほどだけど
毎日何もしなくても生きていけるんだという発見があった。
人生相談を聞いていると時々考えさせられる相談があるけど
ほとんど聞き流して変な自己啓発にはまってしまった。
友人がキレイになったことに嫉妬して自分の鬱病がますます嫌になった。
キレイにしたいという気がなくなってしまったのが残念だけど
努力もできない、したくないという気持ちの方が強かった。
現実から目をそらせて一日一日をムダに過ごしている。
だから、「一日一日を精一杯生きています」というガン患者のドキュメンタリーを見て
自己嫌悪に陥ってしまった。
やるべきことを先延ばしにしているのは分かっている。
それがまた更にストレスになりのしかかる。家事もしたくない。
何をやっても全くやりがいを感じないのですが何故でしょうか?
嫌な記憶だけが強調されて、楽しかったことを思い出せないくらいです。
かなりヤバイ状態になってきました。
その記憶は本当に正しかったのかも自信がないくらい。
今日は笑顔で帰ってきてくれたじゃないですか。
毎日いがみ合っているわけでもなく、会話もあるし
人生相談に出てくる夫婦に比べたらもうとんでもないくらい幸せです。

鬱病は夫原病だった

もうどうでもいいことをいつまでもウジウジと考えていても仕方がありません。
生きているだけでいいじゃないですか。
今朝もおいしい朝ごはんを食べたし、心がどこかへ行ってしまったようです。
人を好きになることができない人間がいる。それが私だ。
いつも心を閉ざしていて憎しみを持っている。
人生をよくするというのは簡単なことなのにできないと思い込んでいる。
現実的にできることはたくさんあるし
できないからといって自分を責めても苦しいだけだった。
もっと強くなりたい。
もっと強く生きたい。
毒を吐いて毒舌だったあの頃に戻りたい。
疲れ果てて心もボロボロなのかもしれない。自分のために生きていたい。
なぜか犠牲になっているような気がしてならない。
現実逃避か、自意識過剰か、自己陶酔しているだけかもしれない。
被害者妄想にとりつかれているのかもしれない。
スケジュール帳が真っ白なまま今年ももうすぐ終わりだ。
目標とか計画を考えるのが怖い。
何故怖いのだろう?
夢とか楽しいことを考えられなくなって
未来は悲壮感に満ちているから考えたくないのだ。
将来のことを考えると苦しくなるから逃げて逃げて逃げているだけ。

心のエネルギーを奪われた結果

夫依存症だけど、夫が嫌い。
自立してしまえば、全てを捨ててしまうような気もする。
今日は日光浴もしたし、部屋の片付けとそうじも出来た。
昨日よりば随分マシな一日だった。
それでよいではないか?
読書もしたし、ピアノも弾けた。
好きな楽譜をダウンロードで買った。便利な世の中だ。
思ったとおりのことが出来る。
けれども、最近夜勤が続いたせいでまた睡眠不足だ。
仕事に全くやりがいを感じない。
わざわざ夜勤するほどのことなのか?
もっと別の仕事でいいのではないか?
健康第一。
自分の健康を切り売りしているような気がしてきた。
寿命が縮むよ。