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むなしい人を募集していたワケではないのでしょうが、なんだかなぁ、そんな人たちばかりの集まりで、ある意味ほっとしました。
公民館の無料講座に行くことになっていた友達が急に行けなくなり、代わりに行ってみたのですが、皆さん疲れきっているご様子です。
カラーセラピー入門ということで、前から興味がありましたし、もっとアグレッシブな人たちが集まるような気がしていました。
自分のパーソナルカラーを知って、日々の生活を豊かにしようっていうような・・・。
まぁ今回のセミナーはパーソナルカラー診断まではしてもらえませんから、カラーの初心者向け講座の案内といったところでしょう。
自分に合うパーソナルカラー診断というのは有料だそうで、5000円からでした。5000~ってオプションがいろいろついて更にお高くなるようです。

実際、診断してもらったという人もいましたので話を聞いてみると、似合う色と好きな色が違いすぎて結局迷うだけでよけいストレスになったということでした。
確かに、今までの自分を否定されるというか、そんな感じに受け取ってしまえばストレスになりかねませんね。
自由にクレヨン使って何でもいいから描いてくださいと言われ、その色で今の心情を判断するという心理学みたいなワークもありました。
怒りというテーマで描いたとして、黒は不信感、赤は自己主張をあらわすとか、ちょっと占いみたいかな。占いよりは根拠があるかもしれませんが
あまりこだわりすぎてもマイナスのような気がします。

普段がんばって、がんばってもなかなか報われないというか達成感もないしやりがいもないんだよねーという主婦向けの講座としてはおもしろいかも。
カラーで、あなたは頑張り屋さんですねと言われるだけでも嬉しいしね。ただ、その流れでパーソナルカラー診断へと誘われて、その次の段階としては
あなたも資格をとってカラーの仕事をしませんか?って話になっていくと様子が違ってきます。主婦が趣味を活かして、資格をとって仕事にして稼げますっていう話は
どうも怪しい。

例えば、洋服の選び方やらメイクの仕方ひとつで人生が変るというような大げさなものでもないし、やろうと思えば自分でいくらでもチャレンジできる。
そういう元気もないくらい打ちのめされている時期もあるから、公民館の無料講座くらいで元気がでるならそれもいいと思う。
主婦の仕事には終わりがないから、今日一日がんばったというような満足感が得られるわけでもなく、毎日だらだらと何か重い感情を引きずりながら
夜寝るときになって、いろいろ考え事が浮かんできて眠れなくなってしまうというパターンがこのところ続いていた。
旦那に対する不平不満というよりも、それを処理しきれない自分に苛立っているのだ。理性と感情の折り合いがつかず、もはや適度に距離をとることでしか
一緒に生活することは不可能になってきた。

自分は、自分の感情を押し殺し演技を続けている。そのことに対して自分で罪悪感を感じたり嫌気がさしたり、毎日やるべきことができないことにイラついたり。
何をしなきゃいけないと考えてしまうことがそもそもストレスになるわけで、もっと気楽に生きてもいいんじゃないかと思う。自由に、好き勝手に。
だからそんな風に生きてる人を見ると異常に嫉妬してしまうのだ。自分ができないことをいとも簡単にやってのけるところが腹立たしいという自分勝手な妄想でしかないけど。
怒りを現すのに青を使った人は自分の中に怒りを溜め込んでしまい、表には出さないタイプらしい。そんな人が一人だけいて皆の注目を集めていた。
あーあの人よりはマシだわって感じで見ているのが良く分かる。自分の感情をそのまま素直に受け止めて、それがネガティブなものであってもまず認めることが大切だということだった。
意外とできないんだよね。そんなはずはないとか、まだまだこんなもんじゃないと自分を追い詰める方向へと考えてしまう。なんだか変なことばかり考えるようになったのは
ミラーニューロンに関する本を読んだせいかもしれない。

人に影響されやすいとか、他人にどう思われるかを気にしすぎなのが自分の嫌なところで欠点だと思う。が、他人から見ればものすごくいい人なのだ。
自分を犠牲にしてまで他人につくすようなそんな高尚な人格は持ち合わせていないのですが、そんな風に見られて困るのです。具体的な例をあげればキリがないくらい。
ストレスが溜まっているとか睡眠不足って結構誰にでも当てはまることだからそんなに気にする必要もない。以前、整骨院で診察してもらったときにすごいって
どうして分かったんだって思ったけど全然たいしたことじゃない。しかも睡眠不足の原因はネットサーフィンだ。重要な悩み事があるわけでもなく、むしろヒマすぎて
時間つぶしにネットを見ていたら夜中までやってしまったという、ただ単純にだらしないだけ。それで次の日の予定もないものだから早起きする必要もないしもうニートみたい。
仕事と呼べるほどのものもないから自由きままでそれがかえってストレスになっているのかもしれない。

やっと規則正しい生活ができると思ったら病院に通うための毎日でこれまた気が重い。もう雰囲気からして嫌。なんで毎日こんなところに行かなきゃいけないんだろうって
家にずっといたほうがマシだと思う。趣味に没頭しきれない中途半端な時間が嫌で家事もおろそかにしちゃいけないという妙に真面目な性格が結局は何もできない日々に
不満を持つだけに終わってしまう。さっさと片付ければいいだけの話ではないか。一時期オークションにはまり、いらないものを高値で競り落として馬鹿なことをしたものだ。
買いたいものは買えばいい。高くても買えばいい。自分が納得できるものならいいじゃないか。少しでも安くすまそうと思って中古品に手を出して失敗するのだ。
写真だけでは判断できない。本物か偽物かも分からない。そこに多大な時間とお金を費やすことはもう金輪際やめにしよう。少しはストレス解消になったのならそれはそれでいい。
読んでない本を読もう。図書館から借りた本ももうすぐ期限が迫っている。買った本も途中まで読みかけのものがある。オークションの入金手続きもそろそろ締め切りだ。
何もかも期日ギリギリになってから慌てるのは、自分をよく見せようという心理からくるらしい。ギリギリになってがんばっている自分を演出したいのか、出来ない時の
言い訳にしたいのか、そのどちらも当てはまるから嫌だ。

どれだけたくさんの洗濯をしたところで終わりがないからね、毎日何かを着てるんだからしょうがない。もっと違うことを考えよう。違うことに目を向けよう。
一日のいいことを感謝の気持ちを書く日記をいつの間にかやめてしまった。本当に毎日同じことの繰り返しでわざわざ書くほどのことでもないという結論だった。
ささいなことに喜びを感じ感謝の気持ちを持つことが自分の精神安定につながるはずだが、怒りを抑える前に怒りを認めなければならない。自分にとっての怒りは
人間関係になると診断された。そのとおり、誰だって人間関係に悩みはつきもの。相手に対する不信感はそう簡単にはぬぐえない。自分が騙されたという怒りは
自分自身に向けられているからやっかいだ。相手を許すということは、つまりそんな自分を許すことになるのだが、それができなくて苦しい。いつまでも恨んでいる。
きっと一生恨み続けてやると本気で思っている。一日たりとも忘れたことなどないわ。