後輩には負けたくないという気持ちから一生懸命練習するのはポジティブでいいことではないのか?
そう思いながらも自分の性格にあまり感心できないなあと一人つぶやいてみたりする。
自分の人生を振り返ってもういやだという叫びをブログにしている人がいる。驚くほどコメントが多いのだが、そのほとんどが自分よりはマシだとか自分の方がマシだとかまあそんな内容だった。
人はだれでも自分が一番かわいいもの。自分が正しいものだと思っている。いや、思いたい。だから意見の違う人物は徹底的に攻撃して排除したりもする。
新興住宅地の新参者でゴミ出しを拒否されて困っているママ友がいた。町内会がないからという理由で家を建てたそうだが町内会の勧誘が来て断ったらゴミを出すなという話。
任意団体なのにいったいどんな権限があるのかと疑ってしまう。一方で自分の家の前がゴミ収集場所だったらどうなのか?ゴミ出しは楽だ。
年をとったらなおのこと近くがいいに決まっている。少し離れただけでも車で行ったりコロコロシルバーカーを引いていくのも面倒なもの。
でも一人でもルールを守らないとたちまちカラスの餌食となってしまう。カラスは頭がいいからね。区画整理で食べ物に困るようになったらしい。
ゴミ収集所がいつも狙われている。追い払うにしても大量のカラスは見ているだけで気持ちが悪い。市役所に通報してもなかなか動いてくれないのだ。
町内会に関してはいい思い出はない。子供がいないのにあいご会の会長をさせられたとか苦情ばかりだ。スポーツ交流もやりたくない。
そもそもスポーツが嫌いだし苦手だし好きな人だけですればいいじゃないか。
皆裏では悪口ばかりで不満があるくせに本音はなかなか言わないものだ。そういう自分でも次の役員が決まらないと困るので都合の悪いことは黙っている。
負の連鎖だ。新興住宅地はその点最初から町内会がないからいいではないか。それなのに周辺住民から苦情がくるとはね。
どうもよくわからない。みんながしているのにしない人がいるのは許せないとか卑怯者とか散々な言われようだ。
現実逃避も甚だしく、いっこうに問題が解決しない。解決させようという気がないのだろう。ただひたすら逃げて逃げて逃げまくっているだけ。
激しく後悔するくらいなら最初から行動すればいい。機能はやっと余裕をもって出発できた。それまではただ外出することさえストレスだったのに。
やればできるじゃないか。小さいことでも今のところ毎日続いている。それは非日常的だったことだけども他の人からみれば当たり前すぎて簡単すぎて
わざわざするようなことでもないのだ。思うようにいかないことばかりと考えていると本当にそうなってしまうから不思議だ。
欲しいものは何でも手に入る。ちょっと形はちがったけど全て手に入ったではないか。これは驚きに値する。
人から仕事を頼まれたもただ面倒だとしかおもえなかったのに、ちょっとした協力が本物の感謝とつながりを生んだ。
こんな会合も必要かもしれない。眠くてもがんばるようなことじゃないかもしれないけど。音声入力にまかせればいいわけだし書類作成なんて誰でもできる。
書記はパソコンができないといけないなんてことはない。手書きで十分。むしろ手書きの方がいい。
今日を生き延びるだけで精一杯だったけどそれが出来たんだからさ。