自分を犠牲にして子供や旦那に尽くすのが美徳みたいだけど私には絶対無理だな。家族全員趣味がバラバラで
インテリアを選ぶのにもひと悶着あった。結局私しか部屋の掃除をしないんだから好きにさせてと言ったらみんな
しぶしぶ従った。というかキチンと掃除しろよ、自分の部屋は自分でさ。カーテンを替えるだけでも随分と雰囲気が
変るものでやっと自分の好きなものに囲まれて生活できるようになってきた。今までの自分は何に遠慮してきたのか?
模様替え一つ好きにできないなんておかしい。お気に入りの椅子を壊されたのに泣き寝入りでありとあらゆる面で
自分の感情というものを押し殺していたのだった。どこでどう洗脳されたのか分からないがとにかく今までの
日々が窮屈で仕方なかった。人間関係が苦手だとずっと思っていたけれどコミュニケーション能力がかなり高いと
評価されたことで一般の人ってこんなもんだったっけと疑問に思った。最近身近な人が立て続けに離婚していった。
夫婦の問題よりも宗教問題が絡んだケースなど複雑なところもあった。女手一つで子育てをするのは予想以上に
困難かと思いきや、離婚してせいせいしたといわんばかりの溌剌とした女性も多い。スッキリして生きていった方が
いいに決まっている。ただし経済的な問題は精神力を蝕んでいく。生活に追われて食べるだけで精一杯というのは
残念で仕方がない。部屋の電気が切れたのに新しいものを買う余裕がないのか豆電球の暗い中で一人で夕食を
食べている姿は怖かった。これでは認知症が進むのも当然のことだと思った。そして人間としてどうよという
恩知らずな人間が身近にいることがものすごいストレスになっていることに気がついた。とにかく嫌いな人間と
付き合わなければならないという現実から逃げていた。ただ相手の方は私を利用することに味を占めたので
これからは人に親切にするのも考え物だ。要求は次第にエスカレートしていき感謝することもなくなりするのが
当然という態度になってきたのだ。阿呆め。自分の親は自分で面倒を見ろ。今までさんざん世話になておいて
介護が必要になってきたらポイ捨てですか?一見要領がいいように見えるけど人に嫌われまくって誰にも協力して
もらえなくなり、結局何もかも失敗して家族はバラバラ散々な状態である。それもこれもみな身から出たさびといえる。
暴言を吐いて自分はスッキリさわやかストレス解消になっただろうが言われたこちらは一生うらんでやるレベルの
憎しみを今も抱き続けているのだ。いつか仕返ししてやるというその怨念だけをエネルギーとしているのにのほほんと
都合のいいことばかり言ってくる。もう車を見るだけで嫌な気分だ。ウチにこないでほしい。さあマッサージをして
気分を入れ替えよう。読んでいない本を読んでまた本来の自分に戻るのだ。他人の影響で一日を無駄にしないために。