doku

育メンがちやほやされて何か腑に落ちないってママ友の話題になっていました。
ママがどんなに子育てを頑張っても絶対に褒められない。
それは女性が子育てをするのは当然だからという認識が一般的だから。
たまーにオムツを替えただけで育メンだと賞賛されるのは納得できないのだ。

地域柄祖父母に子供を預けて遊ぶのがカンタンなのでそこまで怒ることもないけど。
子育てに協力的なのは旦那よりも義父と義母だというのが現実的。
旦那に子供を預ければ、食事は外食、あとは祖父母にお任せ。
それでもいいんだけど、毎日そんなことできないよね。たまにだから出来ることと
毎日必ずやらなければなららいという違いは大きい。

例えば歯磨きもしてないで寝てると、毎日一生懸命がんばっている自分の努力を
無駄にされたようで叱り飛ばしたくもなる。それはほどんど旦那への八つ当たりなんだけど。
子供に対しても単なる腹いせで怒ってしまう。自分の中に溜まったどうしようもない感情。

自由きままに暮らしていた一人暮らしの頃が一番楽しかった夜ねと学生時代の友達と
話したこともあった。産休の限られて時間だけで主婦をした人にとっては幸せな時間だった。
仕事もある意味子育てのストレス解消には大きく貢献している。
仕事の責任が重過ぎて子育てとの両立が難しすぎてやめてしまった姉にとっては
専業主婦がたいくつで時間があるがゆえに悩むことが多くなったと話していた。

皮肉なことにキャリアウーマンを目指していた優秀な姉が線業種主でパートも断られるとのこと。
大卒総合職のバリバリキャリアのオバサンは使いにくいのだろう。
近所のスーパーで働くと近所の人に会うのがイヤだからといってわざわざ遠くまで働きに出た。
履歴書は適当にごまかしていて、詐欺で訴えられることはないだろうけど
学歴もキャリアも捨ててなおかつ給与の期待できない仕事に就くのももったいない。

旦那は当然仕事優先なんだから子育てには協力してくれるだけマシなんだろう。
子育てを手伝うという以前に自分のことは自分でしてくれとただそれだけが要求したいことなんだけど。
洗濯物は洗濯籠に入れてくれてとか。
他人と比べてマシだとか自分をごまかしながら生きていたけど要するに自分は理想が高すぎた。

子供を産むためのパートナーとしか見れないと視野が狭くなりがち。
好きかと聞かれても答えは?だ。面倒だから一緒にいるのかもしれない。
そんなことはお互い様だからこれからもこの生活が続いていくのだろう。

自分ひとりが頑張っているのにとほとんど被害者妄想の中で悶々とした日々を過ごしていた。
気がついてみれば子供は優秀だし何の問題もない。悩みなしなのに毎日うっとうしいのはやりがいがないから。
仕事もしているが思うようにすすまない。自分にとっては非常に中途半端な状態でしてもしなくてもいいような仕事。
ただストレス解消にもならないしお金にもならないし時間を浪費しているのがもったいない。

全ての人間関係を絶ってしまってもいいかもと思うほど疲れていた。心も体も疲弊していた。
育児中の睡眠不足が原因で精神も病んでしまったのかもしれない。とくに親戚が近所に住んでいるのが気に入らない。
来ないでほしい人間がいつもいるのがイヤだ。

好きなことをする時間もあるし毎日しているからいいんじゃないか?
子育てだってそのうち楽になるさ。子供は日々成長していき私の手から離れていくもの。
自分の子供時代を思い出してみれば全く同じでそんなに怒る資格はないなと反省するのでした。
毎日公園で遊べるような環境ではないけれど適度に外でも遊んでいるし勉強もしている。
オムツを卒業したらまた別の問題もあったけどみんなに協力してもらえて乗り越えられた。

実家の母にはとくに感謝している。実はそんなにいい関係ではないと思っていたけどよくやってくれた。
実の兄弟とも会うこともないと思っていたのにお互いが家庭を持ってからの方が分かり合えるようになった。
姉妹なんてライバルで、出来の悪い私はコンプレックスのかたまりだったけど、今では姉とも仲良くなれた。
子供の存在が大きかったと思う。

旦那は一見自由気ままなようだけど独身時代と同じというわけにはいかない。仕事はよく分からないけど
たまには休めるしこれで良かったと過去を振り返ってあれこれ悩むのはやめにしよう。未来を見ないと。
昔のことに引きずられてありもしない妄想の世界で生きていた。想像だけで悩むなんておかしい。