自分の子供のことは実はよく分かっていないものだったりする。
良い面、悪い面とあるとしたら悪いところばかりに目がいってしまう。
他人に指摘されて妙に納得できることも多い。
子どもの能力を伸ばしたいというのは親だったら誰でも思うもの。
長所や短所って身近な人にはよく分からないのかなあ。不利だといわれる性格も欠点って決め付ける必要はない。
何年か前に中国の遺伝子検査が話題になって唾液を郵送するだけで子どもの才能が分かるって話だった。
有意義なようなウソのような。本当に信じて大丈夫かなという不安もあった。
学校の通知表でさえ納得できないんだけどね。夫婦の会話が弾むとか二次的な要素はあるかもしれないね。
家族が仲良く平和に暮らしていけたら他のトラブルも乗り越えていけるんだろうけど。
家庭がぐちゃぐちゃで孤独でもう生活にも困っているのにボランティアどころじゃないですよね。
それを強制されるなんてもう奴隷のような扱いで断固として拒否していい。断ることができない性格だと一生損をする。
なんかこう運が良くてスルスルっとすりぬけていくような人がいるけど本当に人によるよね。
それまでの人間関係が試されるっていうか。親がどうフォローぢていくかって考えるしかできないけど。
遺伝子検査の判定を見てなるほどと安心できたり、反対に驚く結果だったりするわけだ。
運動能力なんていちいち検査しなくても分かると思うけど。何の才能があるのか楽しみだね。
人生のゴールが近づいてくるような気がして何もやる気が出ない今日この頃だけど子どもの未来だけは楽しみだ。
そしてまたこの嫌な季節がやってきたと変な妄想ばかりして一向に仕事が進まないのがもどかしい。
実際に自分で試してみてあっていたら正確かどうかもわかるんじゃないかな。環境の変化は大切だよね。
本末転倒で何をやってるのか分からないという愚痴ばかりだけど、そのおしゃべりが楽しかったりする。
人柄が分かっていると安心だからね。ああ、そうだ自分のためにしたんだって納得できたような気がする。
他人のために自己犠牲を強いられるなんて我慢できないけど他人のためにしたわけじゃないって思うことにする。
結局裏切られたとか騙されたという思いの方が強かったからずっともやもやしていたわけで。
そういう性格だという判定が出されたときも信憑性が高いと感じてしまった。
知能が高いにこしたことはないけどだいたい3段階評価で一番下だとへこむ。
何もかも鵜呑みにしてはいけない。自分の頭で考えてよく答えを探すことだ。外的要素だって大きいからね。
こんなことで一喜一憂するのもどうかと思うけど、ささいなことを気にしていたら生きていけない。
帰ってきたら話す相手がいて相談にのってくれるだけでもいいじゃないか。
一緒に悪口を言うだけでも気分が晴れるんだからいいことにしよう。責任感がありすぎても自分が辛くなるだけ。
上の子と下の子の性格が違いすぎるって悩んでいたけどそれが自然なことだと思えるようになってきた。