子供が欲しいと思って産んだけど、子供が好きじゃなかった。
いや、子供はもともと嫌いだった。
だけど、自分の子供はかわいい。産んでよかった。
産む、産まないを真剣に考えて決断したわけでもなく、自然のなりゆきでそうなった。30才での初産。
年齢的にはぎりぎりセーフ。
子供を産めば幸せになれると思った。
結婚して子供を持つことが人生のゴールのような気がしていた。
子供を産めば自然と母性本能が芽生えるような妄想。
結婚したのも、周りの友達がみんな結婚したからしたくなっただけ。
本来の私は一人でいるのが好きだ。静かに読書したり音楽を聞いたり。
そして仕事も好きだった。あの情熱はどこへいったのだろう。
仕事はやりすぎて体を壊したくらいだから辞めて正解。
それでも未練たらたらフリーで働いたりしたんだけど。
家事って報酬がもらえないから嫌なのかといえば、それもあるけど、やりがいがないことと飽きてしまったことの方が、理由としてはふさわしい。
例えばお金をもらえるからといって家事代行の仕事をしたいかと聞かれれば、絶対にお断りする。自分のことだから自分でするけど他人の家事なんてまっぴらごめんだ。
じゃあ、家族はどうなんだろう?
家族のための家事を主婦がするのは当たり前なのだろうか?
まあ、洗濯はするとしても、洗濯物を洗濯籠に入れるのは当然個人の責任でしてもらいたい。
部屋中に脱ぎ散らかすなんて、あってはならないことだ。
そんな価値観で生きてきたのに、子供はまあなんと自由奔放なのだろう。
よそのお宅でもこうなのだろうか?
きちっとしている子もいれば、子供なんだからできなくて当然という家庭もあった。
駄目ママの存在も救いになる。私の方がマシって感覚だ。
ああ、こんなところでも他人と比較して自分を評価しているんだ。
恐ろしい教育を受けた結果、何でも他人と比べて自分は上か下かという点で一喜一憂している。
これでは、いくつになっても救われない。本当の幸福感を得ることはできないだろう。
自分は自分。子供は子ども。よそのお宅は他所のお宅。
そう割り切れるようになったのは、子供が小学生になってからのことで、幼稚園の頃は言葉を話すのが遅いとか、3歳児健診では療育が必要と言われてショックを受けたとか色々だった。
家事は嫌だ、家事は嫌だと思いながら毎日をすれば主婦は不幸の塊でしかない。
だったら外で働けばいいのか?いや、余計負担が大きくなるだけで何の解決にもならない。
掃除機は毎日かけるべきか?1日おきでいいのか?いや、1日に何回もかける人もいるって。
洗濯は毎日している。溜めたくないから。
食事の支度はする。お腹がすくから。でも、自分ひとりだったら食べなくてもいいかも。
食器の後片付けはやりたくない。お腹いっぱいになったらそのまま寝てしまいたい。疲れるだけ。
さらに、家族の食事時間がバラバラで手間がかかって時間の無駄。
一緒に楽しい晩御飯を食べようと気合を入れて料理したときに限って子供がケンカして不機嫌になる。
自分の料理までムダになったような気がして心底嫌になった。
報われない、報われない。そもそも報酬を期待するもんじゃないけどね。
家の中はピカピカで主婦が大好きって人もいるけど、そういう人は何でもできる。
仕事と家庭の両立とPTA本部役員まで引き受けて超絶すごい。