部屋の片付け、断捨離をしていますが、思い切って捨てられないモノが結構ありました。
洋服は捨てられるようになったけど、着物は捨てられない。まだ着れそうな洋服や靴でも処分してきたのに、もう絶対に着ないだろうという着物がたくさん箪笥の中に眠っています。虫干しとかお手入れもしていないからもう空けて見るのもドキドキです。カビ生えてないといいけど。着物も1年に1度くらい出さなきゃと思いつつ10年くらいほったらかし。
そういえば雛人形も出してない。もう3月も終わりだから今更言ってもしょうがないけどね。
こういった行事は普段の生活に余裕がないとできないよ。忙殺されるような日々では無理というもの。分かっているけど捨てられない。雛人形だってもう何年も出してないんだからいっそのこと捨ててしまえばいいのに。もっと小さなのにすればよかったと後悔したけどお姑さんからのプレゼントだしなあ。本当は実家が買うものだそうだけど競うように買ってくれたのだ。そういう意味では微妙。ありがたいと思わなきゃって言い聞かせてきたけど実際嬉しくなかった。
着物にはまった時期もあり自分で着付けできるようにもなった。それでも10年も着ないでいると着付けを忘れていると思う。無料着付け教室は呉服屋がバックについていて結局は買わされるハメになるようだ。よほど精神的に強い人じゃないと買ってしまうんだろう。お金はなくてもローンがある。月々3千円とかだったら払えない額じゃない。だけどそれが落とし穴。毎月展示会に呼ばれるようになるといらないものまで欲しくなってしまう。元々着付けを習う時点で着物が好きなのだ。カモにされているだけとも知らずおだてられるままに反物を巻きつけられ気がついたらローンを組んでいる。
そんなこんなで増えてしまった着物たちは箪笥の中で眠りながらこのまま一生表に出ることもないかもしれない。
いっそのこと売ってしまおうか。二束三文でも捨てるよしマシだ。だけど着物買取業者詐欺というのもあるらしい。怖い怖い。売りつけられた挙句こっちが売ろうというときまで騙されるのか。残念な性格だからか。自分をもっと肯定して生きていこう。なんでこんなに引っ込み思案になったかなあ。もっと高飛車でもいいじゃないか。人に嫌われても別にこまらないだろう。社会人として鍛えられたことを考えればこれくらいどうってことないはずだ。自分の気持ちを押し殺して我慢に我慢を重ねていたら病気になるのも当然だ。それは心の病かもしれないけど。精神的な不安定さは片付けができない汚い部屋と相乗効果を生み出しより深みにはまっていくようだ。やる気が出ない。自分なんかダメだと思ってそれが現実となってしまう。着物で散財してもまだ懲りていないのか。もっと強く生きていかなくては。他人を騙してお金を巻き上げて平気な人間もたくさんいた。
そんな人たちの仲間にはなりたくないものだけど騙されるのも嫌だ。じゃあどうしたらいいんだろう。この着物を捨ててしまえば何かが変わるのか?空いたスペースはまた何かで埋め尽くされるのだろうか。心が空っぽだから買い物依存症になってしまったのか。とっとした優越感はただのバカだったという反省とともに自分の黒歴史となった。