外面が良いといえば聞こえは悪いが、つまりそういうことだ。
古い自分がなかなか変わらないように子供もまた生活習慣を変えるのは難しい。
自分を変えるということは恐ろしいから変われないようだ。
家では机の上もぐちゃぐちゃで床に教科書が散らばっている状態なのに学校では
整理整頓できるから不思議だ。
どうも同じクラスに泥棒がいるらしく4年生くらいから女子が他人の筆箱から
文房具を勝手に取っているという話だ。たまたま目撃者がいた場合は取り戻せるが
そうでない場合は泣き寝入りしかない。どんな家庭環境だか知らないが鉛筆やペンなど
盗まなきゃならないようなものなのか?だから学校で机の上に何かおいたままにしておくと
いつの間にかなくなっているということが頻繁にあったのだ。
そんな状況だから机の上を片付ける習慣ができたらしい。
残念な理由ではあるけど追い詰められたらなんでもできるといういい例かもしれない。
家で片付けないのは、誰も取る人がいないからだというのだがそんなことで
掃除をしないことを正当化しようなんて甘い。全部捨ててしまう可能性だってあるのだ。
母親に当り散らすのも外でいい子にしている反動かもしれない。そうだとしたらママの
ストレスはどこで発散したらいいのか?外で叫ぶのか?家ではリラックスして英気を養う
ことも必要だ。それが家庭の機能でもある。むしろ喜ばしいことだと大目に見ることが
できたらどんなにか楽だろう。しかし、こっちも人間だ。しかもたいしたことないタダの人。
凡人なんだからおもしろくない。もちろん家でもきちんとお片づけができて申し分ない
頭の良い子も存在する。そういう子供の方が普通いっぱいいるようなイメージだけど。
進学塾に通う親にもいろいろあって塾におまかせする人もいれば母親が必死になって
勉強させている場合もある。どちらも合格すればそれでいいのかもしれない。
しかし、それは自分にとって非常にやりたくないことである。さっさと自立してくれ。
もう面倒見切れないよというのが本音だ。ちょっとやそっとのことですぐ泣くだけでも
いいかげんにしてほしい。もう小学6年生。もうすぐ中学生だというのにそれはないだろう。
自分がきっと我慢しすぎる子供時代をすごしたせいかもしれない。子供に優しくできない。
いや、これが普通だろうと思っていたことがそうでもなかったりするから人の価値観は分からない。
見た目はいい人、中身は最悪。お金だってもったいないと思うし何より自分の時間を勝手に
使われるのが嫌い。都合のいいときは無視して利用したいときだけ人づてに物を頼むなど
失礼極まりない。まったくもって自覚もないのだからこちらからは攻撃も防御もできず足元を
すくわれるだけだ。おもしろくない。さらに嫌いになる。関わりたくない。
どのようにして人生を変えようかと悩んでも結局何も変わらなかった。だってそのままでも
十分生活できるし遊べるしまあまあ楽しいではないか。それ以上を望んで家族に了解をとるのが
ただ面倒なだけなのだ。何かを買うにしろ結局自分のお金なのに相談しろというのがうざい。
私から搾取しようなんざ100年早いわ。取られたものは取り返す。そしてしかるべき報いをってのが
かっこいい。今までに経験したことのないことへ挑戦するには年齢が高いほどハードルも高い。
要は面倒くさいしやる気もないのだ。だから子供のうち、若いうちにやりたいことは何でも
やっておくべきだと思う。大量の不要なコレクションを処分してまた欲しくなってしまった。
今度は前回よりもパワーアップしてより高価なコレクションを目指そう。