子供が幼稚園に行くようになって、やっと自由な時間ができた。
同じ時間帯にヒマである幼稚園のママ友は格好の遊び相手だ。
年齢も趣味も家庭環境も違う。
学生時代だったら友達やってないなっていう人種ともなんとなくランチへ行く。
誘われれば嬉しいし、自分もおしゃべりでストレス解消しているところはある。
誰にもいえない愚痴を言い合うのも楽しい。
他人に言えない秘密ってほどじゃない、言うのも馬鹿馬鹿しい程度の愚痴。
多分、一人だったら気にならないようなささいなことでも、みんなでワイワイ
話しているうちに重大な問題のような気がしてくるから不思議。
ある意味、自己重要感を満たされないモノ同士がお互いに慰めあっている。
こんな関係がいいと思えるのも時間の問題で、だんだん面倒になってきた。
週1回のランチが月1回になり、数ヶ月に一回になり
そして、縁遠くなっていく。
自然なことだ。グループの誰かは仕事を再開し、連絡係だった人がいつの間にか抜け
誰も連絡を取らなくなり、自然消滅。
そして、また一人の時間が増えたときにほっとしている自分に気がついた。
今迄無理していたのかもしれない。
女同士で私たち仲良しよねって確認し合うような感覚は思春期の頃と変わらない。
他のママ同士が仲良しで自分ひとりがポツンという状態が耐えられなかったのかもしれない。
けれど、それは自分の望んだ人間関係とは程遠く、ムダな時間だったかも。
ムダなことも人生において必要だと思うようになったのは子育てのおかげかな。
子育ては効率主義ではできない。仕事の成果主義と両立させようとすると
頭がおかしくなってくる。切り替えがうまくできない。
相反することを完全完璧にしようとするだけで疲れてしまう。
ママ友の中には明らかに悪意をもって近づいてきたなって人もいた。
自分主催のサークルに入れようとか、ネットワークビジネスに参加させようとか
化粧品を売りつけようとか、他人の家で集まりたがる人とか。
面倒な人とは付き合いたくないし即お断りして悪口を言われてもどうってことない。
幼稚園なんてたかが2、3年ではないか。小学校も6年間過ぎてしまえばあっという間。
自分の過去の人間関係と比べればどうでもいいことだった。
その時は渦中にいるから気付かない。
要はバランスが悪いのだ。相対的にどうだって話で自分にとっては何も変わらない。
いろんな組織や集団に属していたわけだけど主婦ってのは宙ぶらりんの存在だった。
自分が何者だか曖昧で深く考える機会も時間もなくただ人生の残りが少なくなっていくだけ。
そろそろ折り返し地点かな。
ターニングポイントという意味を間違って理解していたけど。
ここが運命の分かれ道ってほど大げさなものじゃないけど
誕生日の前に腹をくくらなくては。覚悟が足りないと言われればその通り。
その時の気分次第でだらだらしていたらあっという間に昼になっていた。
暑さで目が覚めて体がだるくなっているのに不満だ。
もっと気力があってもいいはずなのに、このざまは何だ?
何の根拠もない自信があったのはどこへいったのだろう。他社の目を気にしすぎて
自分の本音を隠し、人のせいにして自分の責任を無視してきたのだろう。
余裕がなくなったときに睡眠不足になったらもう体調不良になるのも必然だ。
朝日を浴びてガーデニングに精を出すのもひとつの生きがいかもしてない。
全く興味がなかったことに挑戦してみるのもいいことだ。会話も広がる。
かわいがられているんだから素直に受け止めてあら捜しをする必要なんてない。
家族に恵まれているのに他人の家族の愚痴に付き合わされて同意しようにも心苦しい。
そんなに愚痴るほどのことはないのだ、実際。ネガティブ思考に付き合わされて迷惑。
本人だけはスッキリするようでなんだかもやもやしてきた。いい人なんだけど。
好きで付き合ったはずなのに何かこう違ったなとか間違ったなという感覚だ。
よくよく考えてみれば自分は全く本心をさらけ出していないし何かで隠し続けている。
そう考えるとママ友は本当の友達とはいえないな。
以前同じクラスで習い事も一緒だったママとは話が盛り上がり仲良しだと思っていた。
でも習い事をやめたらそれっきり。その程度の関係でしかなかったからね。
子供同士もそこまで仲がいいわけでもないし。それでいいのだ。