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幼稚園ママが5人、ママ友の自宅に集まった。
鉄筋でできているというその家は外から見ただけでも豪華で
その辺りで一番立派な建物だ。
 
お昼ごはんをご馳走になるという夢のような企画で招待する側には負担じゃないかという思いもあった。
一応、ペットボトルの飲み物とスーパーで買ったお菓子を持参した。

Aさんは手作りお菓子を持ってきていた。クッキーのような焼き菓子はとても美味しい。

Bさんは手ぶらだった。

ここで既に経済格差を感じてしまう。実際、Bさんは普段からお金がないから外でランチは無理という人だ。
今回はCさんがお昼御飯を家で準備してくれるというので、一食助かったという気持ちを前面に出していた。

Cさんは気さくに人を家に呼んでお茶したり、近所の子供を預かることもあると言っていた。
Cさんは社長夫人。お金があるからってワケじゃなく人柄が良いから人間関係がスムーズなんだろうな。
考え方もおおらかでいかにも育ちがいい感じ。それでいて言うべきことはビシッと言う一面もあるから
頼れる存在でもあります。自分から役員をかってでるような男気も見せてくれました。

5人のメンバーは皆ご主人の仕事も知っているし家も知っている。
もうそれだけで経済状態を知るには十分なのだ。
だから、皆で集まる時は一番裕福なCさん家になるのが当然だというような雰囲気がある。
いや、正確にいえば、そんな雰囲気を作り出したのは他ならぬBさんなのだ。

何かにつけて「次はCさん家で集まろうよ」と発言していた。
そう、それはカフェでランチをしていた時のこと。
郊外に住む私たちのランチは1000円程度で手作りの料理とケーキ、御飯とお味噌汁と飲み物はおかわり自由という
大変リーズナブルものだった。
たまにはちょっといいお店にいきたいね、と車で30分ほど離れたところまで行くこともあった。
幼稚園児が帰る午後2時までが貴重な大人の時間。
ママ同士の話は幼稚園の愚痴や嫁としての愚痴が多かったものの、学生時代に戻ったようで楽しかった。

が、学生の時は感じなかった経済格差をひしひしと感じる。
自分の位置がちょうど真ん中くらいというせいもあって気は楽だったけど。
Bさんが何かにつけて人を他人を利用し自分はお金を出さずに楽しもうとしている様子が気になりだした。

やたら人の家でランチをしようというわりには決して自分の家には呼ばない。
どこかへ行こうと言い出し、車で迎えに来てと言う。

自分の家はアパートだから人を呼べない。
車はガソリン代がもったいないから出したくない。

本音をそのままズバリ言われてしまった時には正直愕然とした。

いや、そんなことは皆気付いていたけどさ、面と向かって言われた気分を害するよ。

他人の家に行けばカーテンが高そうだとか食器もブランド品だとかチェックしていたね。
実はみんな見てみないふりをしていたんだけど、ママ友同士の付き合いってこういうことかと実感した。

Dさんは今ではもうお付き合いがない。小学校が分かれてしまったというのもあるけど
もともとそんなに友達というタイプではなかった。
AさんとCさんとはたまに外でランチをする。
そのほうがお互い気が楽だよねってのが共通認識だ。

経済格差もあるけど考え方の格差の方が大きい。
付き合いたくない人とは付き合わなくてもいいのがママ友の世界。
ただ会っておしゃべりするだけで楽しいからランチに誘う。
お互いストレス解消になって、また会おうねって言って別れる。
忘れた頃にまた会っていろいろ話す。そんな関係が心地いい。

ママ友と家計の話はできないわ

雑誌でよくみかける家計簿診断。他人の家計は気になるところです。
同じ様な収入でがんばってる人をみるとほっとするし、涙ぐましい努力にも拍手をおくりたい。
だけど、あまりにもかけ離れた金銭感覚の持ち主と一緒にいることは苦痛でしかない。
普段着の値段、ランチの値段、普通というものが違うと人は仲良くなれない。
なんやかんやいってランク付けしあうのが悲しいところです。
見た目でブランド品は分かりやすいですが、そもそもブランド自体を知らないという悲しい現実がありました。
ブランドに興味がないんじゃなくて単に知らないんです。知る機会もないような人生でした。
お金に対する罪悪感から逃れられない限りお金持ちになるのは無理だということです。
いらないものをきっぱりと捨て去りたいのにいらないものだらけで部屋が汚い。
こんなことでは家計の話どころか家にママ友を呼ぶことすらためらってしまいます。