子供に幸せになって欲しいってのは親なら誰でもそう願うこと。幸せって漠然としてよくわからない。
いつも自分が幸せだと感じられるのが幸せな人。この感じられるってのがポイントで誰かから与えてもらえるとか自分で掴みにいくとかいうのとは違う気がする。目標を立てて目標達成のために努力して成功したのに・・・
何かむなしい、心が寒い、達成感がないといったことがしばらく続いていた。毎日のんびりできるのがいいじゃないか。
忙しすぎても心を亡くしてしまう。暇すぎても腐っていくような気分。好きなことをして暮らしていけるってのがいい。
人のために役立つというのは自尊心が高くなる。もっといろいろなことに挑戦したいとやる気が出てくる。
世間は狭いもので社長の知り合いだった。クラスの友達もみんな一目置いている。ただいい子になってもつまらない。
親の思う通りに子供を育てようとするのがそもそも間違いで子供は親の所有物じゃない。持ち物じゃない。
たまに忘れることもあるけど一人の人間として尊重しよう。そして自分が幸せだったように今も幸せで子供にも幸せになってほしいと願う。
子供のプレゼントを選ぶだけでも楽しい。クリスマスももうすぐあと1週間という頃になってサンタさんにお願いしたプレゼントを変更したいという。
間に合うのか?あせっても仕方がないしサンタさんを信じているのか、信じていないのかも分からない。
夢があっていいよね。夢へ向かって1歩1歩近づいていくその行程そのものに幸せを感じる。
やりたいことをやっているだけでありがたい。そして自分の親への感謝を思い出す。
子育てでも大変お世話になりました。こんなに大変だったんだね。オムツのお世話をしてもらったことなんて覚えていないけど自分がやってみてこんなことみんなやってたんだって驚いた。言葉では言い尽くせない。言い表せないようなことがたくさんあった。
これからもあるんだろうな。人間って不思議だ。孫だとかわいいのかな。子供は育てるのに精一杯だけど孫ってもしかしたら成人するまで自分が生きちゃいないかもって思って優しくできるのかもしれない。はやくおばあちゃんになりたい。
ただただ子供をかわいがって叱らなくいい立場が羨ましい。そんなことを言ったら笑われた。
会話が楽しい。話の内容はほとんど子供のことで子育ての大先輩だもの。いろいろと教えてくれるよ。
ただ話し相手が欲しかっただけかもしれない。他愛のない話。なぜか同じ内容ばかりなのに飽きない。
この時間がずっと続いてくれればいいと思う。また行きたい。そして話をしたい。人のために役立つ仕事をしているせいだろうか。こんどきっかけを聞いてみよう。今日はちょっと言えないことがあったからなあ。
まだ心を閉ざしている部分があるのかもしれない。全開というわけにはいかないか、もう40年以上もこの性格なんだから。
コミュニケーション障害かというくらい自分の世界が好き。独りでいても寂しいと思わないのは単純に慣れてしまったから。
何でも話せる相手がいなかったというかそう思いこんでいた。話せば周りの人は聞いてくれるけど話さなければ分からない。
苦手分野かもしれないけどそれがまた個性であり長所でもあるんだ。自分に余裕があればそれだけ他人にも優しくできる。自分にまずやさしくしてみてはどうだろう。ひたすら働いてきた。何のために?会社のため?自分のため?
働くのが普通。働かなくてはならない。それはもう強迫観念のようになってしまったけど。実際仕事を辞めても人生はちっとも変わらない。
そして世の中働かない人がこんなにいるのかと驚いた。それでもお金はあるから不思議だ。いや当然の結果なのだ。