女手一つで子供を育てるのは並大抵のことではない。経済的な理由だけなら離婚しても十分やっていけるかもしれない。
それでも父親が必要なのかと問いかける。いや、むしろ父親がいない方が気が楽なのかもしれない。姉妹そろって離婚して
バリキャリだから実家で暮らせば子育てもなんとかなる。祖母もかなり気が強いから娘二人が離婚するのも当然だよなって納得してしまった。
育て方にもよるのでしょうが、自立、仕事第一だと子育ては後回しになってしまう。全て一人でまわせる程器用ではないから。
突然だけど昨日から仕事中心の生活にすることにした。だから家事は二の次なのだ。仕事をしなくなってからもお金に困ることはなかった。
このままでもいいかもしれないと思ったりもしたけど、仕事をしなくてヒマをもてあますのは幸せじゃなかった。多少忙しいくらいが
充実しているものなのだ。新しいソフトをインストールしたら動かなくてフォントファイルをコピーするだけで動くようになった。
その原因を調べたり、何度もトライすることが懐かしかった。いつまでも古いPCをわざわざ出して作業することがいかに効率の悪いことだったかと
猛反省するのであった。
好きな仕事をしながらもむなしさを感じてこれでいいのかと常に問いかける。そして子供にはこんな思いをさせてはいけないというのがエゴなのだ。
自分ができなかったことをさせたいとかなれなかった職業に就かせたいなんて、いやそんな親は多いものです。
自分の夢は自分で追いかけようよ。子供には子供の人生がある。子供は自分の持ち物じゃない。分かっているつもりだけど子供が言う事聞かないと
キレそうになるのはまだまだ修行が足りない証拠だ。ずっと不満と不安を抱えたままでもう自分ではどうしようもないところまできてしまったらしい。
精神病の本ばかり読んでいて危ないので捨てた。気持ち悪い本だった。買うんじゃなかった、読むんじゃなかった。
何かを読んだからといってやる気が出るわけじゃない。過去の失敗をくよくよ思い出すだけの日々がいかに無駄だったことか。
失敗として捉えるのではなく、もっと前向きに考えたらどうなんだ?叱咤激励しながらも心が弱っていた当時の私には何も残っていなかった。
毎日夜になると嫌なことを思い出して眠れない。もう何年も前のことを鮮明に思い出し怒り眠れなくなるのだ。自分にとっての正義が貫けなかった。
しかし、正義とは曖昧なもので、一方からしてみればそれは非常に都合の悪いものであったりする。