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ちょっと前に脳科学者が推薦する習い事ランキングがテレビであって、12歳までに子供に習わせると脳の前頭葉が発達するとか右脳に良いとかいうのを偶然見ました。
自分が子供の頃は、母親の一存で決められた習い事が嫌でさぼってばかり。公文に行くふりをして公園で友達と遊んで怒られた苦い思い出がよみがえりました。

そういえばソロバンもやっていたな。いや、やらされていましたよ嫌々ね。これがかなりのトラウマになって自分に自信がなくなってしまったようにも思えます。
そんな私が母になり、子供は思いのほか積極的で何でも習い事をしたがる困ったちゃんになりました。

自分からやりたいと言って何でもやってみるのはいいことですが、全てにおいて中途半端なのです。脳科学者が推薦する習い事ランキングで堂々の第一位を獲得した
ピアノも習っていますが、毎日練習しない。親の声かけが必要なのかなと、優しく今日はまだかな?みたいに言っても「後で」と言われるとこっちの機嫌が悪くなるのです。
間違っている所を教えると、「後で楽譜を見てなおすから、今は好きなように弾きたい」とおっしゃいました。はい?弾いてて音が合ってないかって分かってないくせに
あとでなおせるんですかね?間違って弾いたら、そのままくせになって間違ったまま覚えてしまいますよ。そもそも自分で変な音だなって気付いてない時点でダメだよ。
これでもかってダメだししたくなるのですが、その程度ならもうやめてしまえばいいのにと思うようになりました。

好きで弾いているわけでもなく、親に言われてしぶしぶ練習するようじゃピアノを続けても意味がないんじゃないかと思うのです。本人は続けたいと言っていますが。
クラスでピアノが弾けると自慢できるからとかどうでもいい理由で続けたいみたい。月謝と送り迎えの時間が全て無駄なような気がして腹が立ちました。
やりたいという習い事は全てさせてきましたが、全てにおいて中途半端なまま。習っていない友達よりも自分が出来るというのを自慢したがる大バカ者になってしまいました。

そりゃ当たり前でしょう?コンクール直前に付け焼き刃の練習で挑み玉砕して大泣きしたことなんかすっかり忘れています。浅はかでお調子者でそのくせ自信過剰。
才能があれば伸ばしてやりたいと親馬鹿の考えでいろいろやってみたけど才能がないということだけはよく分かりました。なくてもいいですよ、趣味で楽しめる範囲でするってのも人生にはアリですから。
豊かな人生を送れるって考えもあるでしょう。でもね、私のストレスになるような習い事はもうやめていただくしかありません。
ケンカの原因になるだけで何のメリットもないのですから。父親は月謝はお前が出せというから私が出してきたけどそれも大きなストレスです。
義母もからんできた因縁の習い事ですから思い出したくもありません。

水泳は結局やめてしまったけど、本当に才能がなかった。幼稚園の頃にはじめたのに、後から入ってきた子に抜かれてばかりで嫌になったのです。運動神経がなかったのでしょう。
負けず嫌いな性格で、それをバネに努力するなら立派ですが、ただ悔しいと大泣きして更に相手を貶めるような言い方しかできないので性格が悪くなるばかりで困ったものです。
他人に対して野次を飛ばすのが多いのはきっと自分に自信がないからで、コンプレックスの裏返しなんだろうな。他人から見たら、あなたの方こそ何を楽しみに生きているのって馬鹿にされているのよ。
大人だから口に出しては言わないけどね。水泳は脳科学者が推薦する習い事ランキングにも入っていたから、何もスピードを競うだけじゃなくって、ただ呼吸を意識しながら手足を動かすってだけ脳に良かったらしい。
少しずつでも進歩していくことを喜んでいたらそれでも良かったのだ。だけど他の習い事が多すぎて時間がない、高学年になって塾に行くとなったとき真っ先にやめるべき習い事になってしまったのです。
送り迎えが大変という親の負担もあったけど学校まで迎えに来るバスもあったのだから続けたければできたはず。でもソロバンとピアノも続けたいとなると一番やっても無駄だよねという話になるのです。

費用対効果を考えれば、今続けている習い事でいえば空手が一番いい。週何回いっても追加料金をとられることもなく、やる気がある人間には門戸を開くという態度が尊敬できる先生です。
ただご高齢なのでいつまで出来るのかが心配。それでもこの業界の人は長生きしそうだから定年とかもないし、このままずっと元気で長生きしてほしいものです。
素質ももちろん必要だけど、本人の努力次第でまた違ったものを得ることができるはず。ただし全て未完全でものにならないというのはs趣味にしても数を減らしてほしい。
経済的にも時間的にも精神的にも負担でしかないから。とにかく出来て当たり前のことを自慢するようじゃだめなのです。素人相手に得意気になっているのを見るだけでドン引きして残念な気持ちになってしまいます。

子育てにはお金がかかるけど、お金がないからといって好きなことをさせてあげられないのは親として申し訳ないと思います。けれど、チャレンジもそうだけどやってみたらほどんど自分からしないというのがストレスになるのです。
ちゃんと約束したのにしないってことは甘やかしていることになりますし、やめさせるのが約束どおりなんだけどなかなか実行できないでいると、どうせやめさせないだろうと舐められているように感じます。
外面がいいのがまた腹立たしいのですが、世渡り上手だと思えばいいのでしょうか。いい顔をするのもまた社会で生きていくのには必要なことですから自然に覚えてくれてラッキーくらい考えておきましょう。
将来自分が好きなことをしながらそれが仕事になってお金も稼げればいうことないでしょう。とはいえ、それは一部の限られた人だというように洗脳されてしまい、仕事というのは辛いもので我慢しなきゃいけないと刷り込まれてしまったような気がします。
本当にそうでしょうか?文章を書くのが好きならとにかく書いてみて小説家になれるかもしれないのに最初からあきらめてしまうなんてね。塾に行って勉強するのが第一だというのはそういことです。

進学塾では小学校5年生までに6年生までの勉強を終わらせて、6年生では受験勉強をするのだといわれました。5年生の2学期の途中から塾に入って間に合うのかどうか怪しいものです。
学校の勉強は全て先取りしているという状態を小学生の頃からしていけば成績優秀なのは当たり前ですが、高校生になったとたん落ちこぼれになったのです。親はどうしてかと理由も分からず嘆き悲しみましたが
考えてみれば当然のことでしょう。今までは常に予習をしていたけどできなくなったのだから。それに学校の授業を真面目に聞かないという悪い癖がついてしまっていたのです。
その結果、進学校で留年するというなんとも情けない現状を受け入れられないという本人にとって苦しい状況になってしまったのです。もっとレベルの低い高校でもよかったんじゃないの?
そもそもそれが実力なんだからさ。無理していっぱいいっぱい背伸びしてやっと入った高校で成績が振るわないのは仕方がないことなのにね。それもピアノを習っていない人より自分が上手だって自慢していたような馬鹿だから仕方ないか。

塾に行かなくても勉強できる子供はたくさんいます。本当に地頭が良いのです。更に本人にやる気があるし目標があるし努力できる才能もある。そういう人が進学校に行って大学を目指せばいいわけで
頭が良いわけじゃないのに塾で勉強して人よりたくさん勉強しているから成績がいいのを自分の頭がいいと勘違いしているから後々困ることになる。友達もいないし人間としてもう将来真っ暗じゃないか。
これも育て方が悪かった失敗例でしょう。塾代が高くて自分の買いたいものも我慢して子供にかけていたのにって後悔したって今更遅い。どうなるものでもありません。