今を大切に生きよう
今が一番の宝物ってセリフが映画にあったような気がする。
いつものYoutubeにもそろそろ飽きてきてiPhoneはしばらくおあずけ。
映画関連の本を読んで新境地を開く。失敗を恐れていては何も出来ない。
それほどまでに人生をかけるのは何に対してだろう。
何もかも中途半端なまま一日が過ぎてこれではもったいないではないか。
片付けの続きをしようにも気力がないやる気がないと言い訳ばかり。
スケッチブックが何冊あるのか?これがまた使いかけのものが多く
我ながらあきれる。いったい何をして暮らしているのか?優雅にお茶を飲んで
コーヒーも毎日飲んでいたのにそれすらも楽しみではなくなってきた。
あらゆる物を捨て去らないとこのまま埋もれてしまいそうなくらい苦しい。
あのチームの中で世の中からの誹謗中傷をものともせず結婚と離婚を繰り返す
というのはもはや凡人の域ではない。それくらいしないと非常識な生き方とは
いえないのか?大成するための犠牲なのか何も考えずに自然とそうなるのか。
芸術的才能ももちろん必要だし子供のころから伸ばしてあげたいと思う。
自分ができなかったことを押し付けるというわけではない。そんなのムリに決まっている。
今更古い映画を見ても感動しないだろうと思っていたけど結局泣いてしまった。
自分でも意外だと思う。それなのに、その後の二人は平凡な暮らしに飽きてきて
何とかして昔の夢を取り戻そうとするも後味の悪い結果となる。
結末が分かっているのにどうして何度も見てしまうのか不思議だ。
ここまであからさまに階級社会が差別を認めていて人間が奴隷として扱われるのが
普通だった。召使もいた。着るもの、立ち居振る舞い。一目見ただけではっきり分かる。
いくら平等平等と叫んでみても変わらない。不公平なんか当たり前すぎて不公平という
概念すらないのだろう。住む所も違うし今まで見えていなかったことが見えてきた。
一年休養したところで何も変わらなかった。むしろ働いた方が楽だとさえ思う。
自由とリーダーという責任は両立しなかったけれど自分なんてまだマシだといわれた。
協力してくれるとはいっても常に見返りがないとしないというのは他人だからしょうがない。
人の嫌がることをした報いは他人から協力してもらえないこと。嫌われてるんだから仕方ないよね。
何でも自分の思い通りになるのだからいいじゃないか。これからだってそうだ。
言ってみれば何とかなるもんだね。黙ってたら分からない。相手が子供であってもまっすぐに話す。
眠くなって立って寝ていたのには驚いた。水道の音で目が覚める。水が流れる音だ。
カギがなければ壊せばいい。当然リスクはあるけど大丈夫。信頼してるから。
そろそろ行かなくちゃ。お迎えの時間だ。楽しい映画の後で現実もこうあってほしいものだ。