国語は日本語だということを意識しよう

中学生になって英語が苦手という子どもは、国語が苦手だった。
国語が苦手ということは、日本語が苦手なのだ。
本を読め、読書をしろ、と言っても本を読むことができない。
日本語の本を読めないのに英語の文章なんか読めないよね。

中学生になったら手遅れ?国語が苦手を克服

小学生で国語が得意だったのに、古文はさっぱり分からないという子どもも多い。
古文・漢文・英語を習う前に国語の苦手意識は克服しておきたい。
国語は、塾に入れれば伸びるというものでもない。
ここらへんがやっかいなところだ。
塾で習うとか自習するという方法で克服できにくいやっかいな教科なのだ。
いや、国語を勉強とか教科という面でとらえるのではなく
むしろ日本語をマスターするって考えた方がうまくいきそう。

音読してみて分かったこと

国語の家庭教師を募集してみたけど応募がなかった。
仕方がないので自分で教えることにした。
先ずは基本から、音読から始めましょう。
塾じゃ、ここまでしてくれないよね。

音読したら、本人も気付かなかった弱点が見えてくる。

読めない漢字が多い
言葉を知らない
文節の区切りが変

語彙力のなさに驚き打ちのめされながら
日々音読を繰り返す。
この地道な努力しかないんだよ、日本語の習得には。
人と直接話すこと。コミュニケーションをとること。
言語の習得だと思って広い視野を持とう。
ワークをこなすだけじゃできない。
国語の問題集をいくら解こうと思っても出来ない。
文章を読んでも理解できないから。

国語が苦手だから社会も苦手。理科も数学も英語も苦手

国語の長文読解、苦手な人多いよね。
国語ができないと文章力がないとか読解力がないとかで
結局社会も理科も英語も数学も分からなくなる。
理科の教科書も読めない、社会の教科書も読めない、
数学の問題を読んでも問題の意味が分からない、
親がどこまでサポートしていいものやら疑問に思う。
勉強を見るってどこまで見ればいいのか?
全部教えていいものだろうか?
自分で考えるべき箇所はどこだろう?
そもそも国語を教えるなんてムリ!

漢字は一般教養として 白川静先生の本がおすすめ。
ただし、受験直前になっては余裕がないかもしれない。
普段から趣味の読書として読んでいると楽しいしためになる。
こういうちょっとした楽しさの積み重ねが必要なんだけど。
文系とか理系とかもうそんなくくりも必要ないからね。
ただ暗記するだけならAIに負けるのは当然で
人間として将来役に立つような勉強は何なのかなって考えよう。
興味がないことを押し付けられても無意味だよ。

国語の勉強のやり方が分からない

国語の成績はひとまずおいといて、まず音読から始めよう。
中学生になってからは遅いだなんて気にせずに
ふくしま式「本当の国語力」が身につく問題集小学生版を
やってみた。
かんたんでいいから毎日続けられるものをしていこう。
自分でできるもの。
人から指図されずに、自分でできるものをしていこう。
どうしたらいいのかな?
もういっぱいいっぱいで睡眠時間もないなんて殺生な。
勉強のやりすぎで身体をこわすなんて本末転倒だからね。
体力一番、頭は二番。
身体を鍛えて健康な身体に健康な精神を宿して
それから勉強していこう。

国語に苦手意識を持ったことのない人に国語を教えるのはむり。
どうやって教えていいのかさっぱり分からない。
どうして理解できないのかがまず分からない。
できて当然、できない人間がいるなんてどうかしてるって感覚。
とくに自慢しているわけでもなく、それが本当に普通のことなのだ。

塾は途中で辞められる

どこの塾に行こうかとさんざん迷って口コミも調べまくったけど意味がなかった。
結局子どもと先生の相性なんて行ってみるまで分からない。
数ヶ月行ってみて合わなかったら辞める。
なかなかやめさせてくれない塾もあるけど
兄弟で同じ塾ってのも問題だ。人間としての個性を全く無視している。
そもそも塾が合わない子も多い。
塾に行く暇があったら自分で勉強した方がよっぽどマシなのだ。

親にも先生にも反発したい年頃の子が大人しく勉強なんかするのかね。
自分のやりたいことの一貫として勉強もあるってのが理想だね。
もうやりたくない人はやらなくていいんだよ。
点取りゲームでも他人との競争でも、そういうのが好きって人もいるんだから。
自分のためって思えるのが最高だし、成長を喜びだと受け取ることも大切。
ただガミガみ言うだけじゃ何も解決できない。
あともう少しって踏ん張りどころでがんばれるのか。
このちょっとした差が後々ひびくことになる。
スマホに夢中になるなんてもってのほかだ。
最初から買わなきゃよかったのに。
お友達との関係も悪化してきたのは成績のせいだろうか?
常に学年トップを維持するという精神力もすごい。
他人と比べてどうこう言われてやる気が出る人なんかいない。
自分自身との戦い。自分に厳しく他人にも厳しくいじわるしないこと。

授業方式の塾が合わなかったのか、個別指導が合わなかったのか
個別指導の先生が合わなかったのか、お金をドブに捨てたようなものだ。
教育費というよりも親の娯楽費に近い。
塾通いは、教育じゃなくて親の娯楽になってしまった。
将来への投資ではない、浪費だ。

もう後戻りはできないというところにきてしまったのだろうか?
手遅れになる前に決断せねば。
自分の人生に後悔しながら生きるなんてありえない。
夢は何だったのだろう。
目標は、自分で決めたものだったのか?
他人が敷いたレールの上を走っていないか?
毒親の被害にあっていないか?
奇蹟を信じて神頼みなんてありえない。
自分の足で歩け。
自分の人生は自分で切り開け。